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 真っ白な画用紙に好きな色で描く自由な線。最初は何になるかも分からず、心の中の何かを溢れ出させるように筆を走らせる。幼い頃、絵を描いたり何かを創作するのが好きだった、という方もきっと多いのではないでしょうか。

 今回、ご紹介する「しげのひろみ」さんは、美術・芸術を生活の中に、人生の中に溶け込ませるべく、子どもたちに創作の楽しさを伝えるアートリーダー。美術教諭の経験とドイツでのアート三昧の毎日から得た、創ること、触れること、感じることの意味を、柔軟な子どものハートに沁みわたらせるため、ワークショップや教室など多彩な活動を展開中!さらに、大人に向けての芸術活動として「ながさき伝習所」にて「ながさきで物語をつくろう塾」を開講!塾長として長崎を題材にした壮大な創作活動に取りかかり始めました。日々の暮らしをカラフルにパワフルにハートフルにする「アート」の魅力を存分に語っていただきましょう!

 長崎生まれながら、物心がついた時にはお父様の仕事の関係で東京に暮らしていたというしげのさん。その頃から「絵」を描くことに強い関心があったそうです。

 「渋谷のど真ん中に住んでいたんですが、当時は光化学スモッグなど公害がひどくて、外でのびのび遊ぶ…という雰囲気ではなかったんですね。もっぱら家遊びが中心だったのですが、父親はテレビが大嫌いで(苦笑)。ドリフターズ全盛の頃でしたけど、まったく観せてもらえませんでした。でもそれを不自由に感じることはなかったように思います。絵を描くのが好きだった私を、母は著名な画家さんが主宰する絵画教室に通わせてくれていました」。

 幼少の頃からお絵描きが大好きだったしげのさんの描く物には、何か煌めくものがあったのでしょう。お母様は絵画教室に通わせることで、しげのさんの秘めた能力を後押ししていたのかもしれません。

 「中学時代は絵を描くことも然ることながら「バドミントン」に夢中になっていましたね。私、すぐにのめり込むんですよ(笑)。進路をぼんやりと考え始める時期でしたが、美術や芸術を仕事にするという発想はまるでなくて。国語や英語が好きでしたから、英語を活かして海外で活躍したいからと「通訳」に憧れていました。絵を描くことや美術を仕事にしている人が周囲にいなかったというのもあるんですが、今一つリアルではなかったんです。通訳の方が現実的な夢だったように思います」。

 絵を描くことは変わらず好きだったというしげのさんですが、あくまでそれは「好きなこと」。将来のビジョンの中に組み込むことは難しかったのです。

 長崎県立長崎西高等学校に進学したしげのさんは、部活のバドミントンに熱中する元気な女子高生生活を満喫します。その一方、現実的な進路を考える中で思いがけない誘いを受けることになったのです。

 「美術部に入っていたわけでもない私に、美術の先生が「美術系の大学を受験してみては?」と勧めてくださったんです。美術部にこそ在籍していませんでしたが、高美展に出品したりして、絵を描くことが好きだというのは先生もご存知だったんですね。でも、私にとってはまさに青天の霹靂。「え?そんな進路もあるの?」というくらい考えたこともなかったことでした。「好きなこと」に進む道がある、進んでもいいんだ、という気づきは、本当に嬉しかったです。それまでは、絵を描くことは好きだけど、それは仕事ではなく趣味としてしか関われないもの、という諦めがあったんだと思うんです。ただ、父に相談すると猛反対(笑)。それでもどうにか根気強く説得し、長崎大学の教育学部美術科を目指すということで、納得してもらったんです」。

 それから、あくまで「趣味」だった「絵を描くこと」「アート」を将来の仕事として考え始め、無事、長崎大学教育学部美術科に合格。美術を将来の道として歩むことになりました。

 しげのさんを待っていたのは、刺激に満ちた濃密な美術三昧の日々でした。

 「芸大の大学院をトップで出られた井川教授が長崎大学におられて。井川教授との出逢いが、私にとってはとても大きなものでした。様々な知識を教えていただいただけでなく、現代美術やフランスの作品や作家との出逢いを後押ししてくださったんです。井川教授のお陰で、長崎にいながら県外や国外の素晴らしい美術、芸術に触れることができたんだと思います」。

 そうした刺激に突き動かされるように創作活動にも没頭。大学時代のしげのさんが描いた絵を見せていただきましたが、鮮やかな色づかい、大胆でいて繊細なライン、溢れ出るような躍動感。100号キャンバスからはしげのさんの若々しさと瑞々しさがほとばしるかのよう。

 「この頃、テーマにしていたのは「木」。どんどん抽象になっていったんですけど、木の幹や枝が上昇して創るラインが出てきて、動きが出てきて…「木」の絵ばかり描いていました(笑)」。

 膨大な数ゆえ保管しておくことが難しくなり、最近になってキャンバスの枠を外して整理したそうですが、しげのさんの作品の歩みを知る上で欠かせないコレクション。「木」という同じ題材にも関わらず、これだけ色彩豊かに描くことができる……さすが!としか言いようがない圧倒される作品群なのです。大学生活の4年が過ぎ、教授からの強い勧めもあって大学院へ進学することに。

 「大学院は当時、日本の大学の銅版画制作において、芸大同様のトップレベルの施設が新設された新潟県の国立上越教育大学大学院にいきました。もちろん、これも父はすごい勢いで反対しましたが、奨学金をえるということで、了解してもらいました。朝から夜中まで銅版画のエッチングという技法で白と黒の世界にどっぷりはまっていました。将来は美術の先生を目指そうと考えるようになっていましたが、今も昔も美術教師は狭き門で…(苦笑)。どうなることか…と思いつつも、描いて描いて描きまくっていましたね」。

 絵を描き、素晴らしい美術、芸術に触れた大学院での2年間を修了したしげのさんは、とある短大の幼稚園科の講師の職を得ました。

 「短大での講義は、生徒たちは幼稚園の先生になるという明確な目標がありましたので、絵を描くこと、創ることが楽しいと思ってもらえるように指導していました。頭でっかちで知識を詰め込むより、実際に手を動かして創作する、完成した作品を飾ることで空間が明るくなる、という「美術の効用」っていうのかな、そういうものを意識して教えるようにしていました。美術を教える、という経験は初めてのことでしたが、とても楽しかったですよ(笑)」。

 単に美術を教える、ということではなく「美術を“楽しむ”ことを教える」というしげのさんのスタンスはこの頃には確立されていたようです。

 「教えることはまったく苦ではなかったですね。学問というよりも実技が多かったですし(笑)。大学の友人の中には、美術とは関係のない仕事に就いている人もいて、美術に関わる仕事ができているというだけで、私はラッキーだなと思っていました」。

 「好きなこと」を仕事にできた喜びを噛みしめ、自らの創作活動にも勤しみ、そして28歳の時に転機が訪れます。

 「29歳の時に教員採用試験に合格し、そこから公立中学校の美術教師生活が始まりました。約10年間教職に就いていましたが、悩みを抱えているような子どもは、繊細で意外に美術が好きという子が多いなという印象がありました。美術という教科は1人1人の子どもと「会話」ができる教科。絵を見ればその子がどんな状況にあるか、私なりに感じる事ができますし、声をかけやすいんですよね。美術が好きで得意だと、他に目立つところがなくても、周りはその子を認めてくれるケースを何度も見てきました。それが自信につながることもあるし、教員時代は美術が持つチカラを実感することが多かったように思います。中には「美術がニガテ」という子もいるんですけど、そういう子って、過去に「へたくそ」って言われて、好きだったのに嫌いになっていることもあるんです。自分で「下手」だと思い込んでいる子もいますし。でも、そんな子が意外と力強い線を描いたり、自由な色づかいをしたりするんです。それに気づき、認めることができると、彼らはとても良い顔を見せてくれます。その「良い顔」を根気強く待つのが私の仕事かも、という気もしていました」。

 子どもたちからの信頼も厚く、クラスを飛び越えて相談に乗ることもあったというしげのさんは、子どもが絵を描く時、そして、かれらが自分で気づかない自分の良さを引き出すために、「こういう方法もあるよ」といくつかのアイデアを提供します。そうしたしげのさんのスタンスは、いつも何かに追い立てられている子どもたちの安らぎだったのかもしれません。

 「最近、子どもたちに言うんです。いわゆる五教科は、過去のことを学び蓄えるという側面が多く、そ れはそれで必要ですが 、美術は真っ白なキャンバスに自分の世界を創れるもの、こんな経験はなかなかできないよ!って。世の中に出たら、何もないところから自分で切り開いていくチカラこそ求められるわけですから、美術って「世の中」に近いのかもしれないですよね。自分で線や色を決めて、世界を創るわけですから。そういう経験ができる美術って、楽しいよね!ということを伝えていきたいなと思うんです」。

 美術の楽しさ、「0」から何かを創り上げる逞しさを伝えたい…。しげのさんの指導スタイルは多くの生徒の心を潤したことでしょう。

 採用試験合格の直後、大学時代に知り合っていたご主人と結婚。さらに3年後には長女を出産し、教師であり母であり妻であるという多忙な毎日を送ることになりました。

 「子どもが産まれるとなった時、どうなるんだろう?と考えていましたね。あ、自分が大変になるかも…という不安ではなくて、人間が産まれてどう育っていくのかが本当に不思議で。だって不思議ですよね?自分が人間を産むんですから(笑)。1年間産休を取って、その期間は子育てを楽しみました。

 絵本を読んだり、お散歩に連れ出して葉っぱに触れさせたり。たくさんのものに触れさせてあげようと思っていたんです。そんな中で、「この子は何が好きかな?」なんて、見守るのが楽しかったですね」。

 しげのさんと話をしていると、ご自身のことを話しているのに、なんだか1歩引いて広く全体を見ているように感じます。だからこそ、肩の力がフッと抜けたような、穏やかなオーラが出ているのでしょう。仕事を続けながらの結婚、出産なんて、当事者としてその状況にどっぷりと身を置いてしまうと、日々の激流に身をさらわれて何が何だかわからなくなる…そんな感じがしませんか?けれど、しげのさんのように当事者でありながら、1歩引く、全体を俯瞰するように心がけていれば、きちんと自分のペースを守れるのです。子育てもそう。「親が育てたいように育てる」のではなく、「子どもが進もうとする道をサポートする、見守る」というスタイルは、しげのさんらしさに満ちています。

 2000年に次女が誕生し、その2年後、同じ教員だったご主人がドイツの日本語学校へと赴任が決まり、しげのさんは娘さん2人を抱えて、ご主人とドイツへ渡りました。

 「2002年の1月に辞令が出て3月にはドイツへ渡らなければならず、私は教師を辞め、夫について行くことに。渡航前の2ヵ月は、それはもう想像を絶する忙しさでした。ドイツで4年間を過ごしましたが、海外生活は初めてのこと。カルチャーショックの連続でしたね(笑)。でも、アートが生活の一部になっているヨーロッパの文化に触れられたこと、子どもを「シュタイナー教育」の幼稚園に入れることができたこと、とてもラッキーだったと思います(笑)」。

 「シュタイナー教育」とはドイツの哲学者であり教育学者の「ルドルフ=シュタイナー」が提唱・実践した教育で、子どもの自主性を尊重しアートをふんだんに取り入れた教育のこと。長崎にいた頃からシュタイナー教育に興味を抱いていたというしげのさん。まさに本場のシュタイナー教育を目の当たりにし、さらに感銘を深めたそうです。

 「シュタイナー教育は、一見難しそうに捉えられがちですが、要は子どもの自主性を尊重した教育。その中でアートが果たす役割は大きいんです。ドイツにあるシュタイナーのコミュニティでは、病院や老人ホーム、幼稚園、学校が併設してあります。病室なのに明るい色で壁が塗られていたり、絵が飾ってあったり、建物自体がデザイン性に優れていたり…アートが生活の中に見事に溶け込んでいる様は感動でした。シュタイナーのコミュニティに限ったことではなく、ヨーロッパは、生活とアートが一体化しているお国柄。美術館や博物館の数は多く、美術鑑賞、芸術鑑賞は日常的なことであり、母親たちが語らうカフェの傍らでは子どもたちが思い思いの絵を描いている…そんな日常のなか、子ども達は遊びの中で、上質なアートに触れる機会もあり、街中のワークショップでは、自らも表現者として創作する喜びを幼い頃から味わうことができています。ドイツに暮らした4年間は、娘たちと美術館や博物館などアート巡りを楽しみました。中学生3年生になった長女は今でも「ドイツに帰りたい」って言うんですよ。それくらい毎日がとても楽しかった。私はゲーテ大学の聴講生として講義を受け、子どもや学生、そして大人のアートへの関わりをみて、日本でもこんなたのしい関わり方ができたらなー、日本でもできないかな、と夢想していました」。

 帰国後、子どもがアートを楽しめる機会を創出する「Happy Bunch」を主宰。現在はココウォークなどで子ども向けのワークショップなどを展開。その傍らで、なんと!九州大学の大学院へ通い学んでいるのです。

 「現在、ユーザー感性学専攻修士課程の感性コミュニケーションコースの学生です(笑)。週に2回、福岡まで通っています。アートと社会を結びつけるにはどうしたらいいか?というテーマで、小児病棟の子どもたちに絵を描いてもらうためのキットの開発に取り組んでいるんです。いろんな出来事があって、大人も子どももとてもキツい世の中。私はそんな閉塞感のある世の中にアートがもたらす「何か」に光を当てたいんです」。

 「アートが持つチカラを証明したい」とも語るしげのさん。アートには、100人いれば100通りの答えがあります。人と比べて偉ぶったり、卑屈になったりする必要がない、誰もが主役になれるのが「アート」なのかもしれません。だからこそ「アート」を生活の中に取り入れ、子どもたちが(大人たちにも)自分らしさを表現し、発散する機会を得ることにしげのさんは注力しているのです。

 最後にしげのさんから、長崎の女性たちへメッセージを頂きました。

 「イヤなことは決して続きません。キツい、ツライ時こそ楽しいことをキャッチするアンテナが必要だと思います。誰かと自分を比べて不安になったり、落ち込んだりすることもあるかもしれませんが、そんな時こそ「アート」です!マイナスのパワーは白いキャンバスにぶつけてしまいましょう!アートは常に「そこにある」もの。癒しであり、パワーなんですから」。

【編集後記】

 年齢を重ねるごとに大好きだった「想像し創造する時間」は削られてしまっているという方、アートに触れることは「特別」なことになってしまった方、まずは白いキャンバスを目の前に置いて、気の向くまま思いのまま、自由な線を描いてみてはいかがでしょう?そこから何か新しい勢いが生まれてくるかもしれません。

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2012年07月04日:ママ記者M
 
長崎県内で活躍中の女性たちや、長崎出身の県外で頑張る女性たちを、ママモニからピックアップして、インタビュー取材を行います。
「自分らしく、人生を楽しんでいるひと」「夢に向かって、頑張っているひと」「大切なことに熱中しているひと」様々なインタビューを通して、ユーザーの皆さんの自分流の楽しみ方や、何かのヒントが見つかるかも?! 刺激的で元気が湧いてくる記事をアップしていく予定です!
もしかすると…つぎは貴方が旬なひと?!